2015年12月20日

切なくあり温かくもある話 好きな人の死

切なくあり温かくもある話 好きな人の死

好きな人がもし助からない病気だったとしたら・・・どれだけ辛い思いをするのでしょうか・・・・

いとこ(27歳男)が、大腸がんで死んだ。

その彼女は、従兄弟ががんと分かってから、仕事もあったのに毎日病室に訪れ付き添った。

結婚の約束もしていたんじゃないかな。

食べ物を、「お口アーン」とか、やり合ってじゃれてたり、がんが侵食して痛む従兄弟の腰や背中を、彼女がさすってあげたり。

そのころ、10代のガキだったせいもあるけど、従兄弟が死ぬなんてまったく想像つかなかった。

「きっとこの2人はあと数年もしたら結婚して、幸せな家庭築くんだろーな」

なんて、見舞いにいくたび幸せな想像しかできなかった。

普通にうらやましかった。

しかし、従兄弟の病状はどんどん進んでいった。

みるみるやせて、目ばかりぎょろぎょろになって、身内のわたしでも正視できなかった。

はやく終わってほしかった。人の命のもろさが怖かった。

でも彼女はずっとそばにいた。従兄弟のやせ細った手を握って、抗がん剤の影響で、ぼろぼろに禿げたあたまにかぶる毛糸の帽子を作ったり。

わたしは、怖くて怖くて病室にも入るのもいやで病室に入っても、彼女の後姿ばかり見ていた気がする。

従兄弟は、癌がよくなったらどこかへいこうとか、あれ食べに行こうとか今度の携帯の最新機種を買いたいとか、来ない日のことばかりしゃべった。

彼女は笑顔で、「絶対いこーね」「わたしあれ食べたい」とか、いってた。

気休めだろって思ったけど、彼女の目は本気だった。

今、思い返せば、彼女はほかにどうすることもできなかったんだと思った。

彼女も怖かったのに、好きな人を失うことが、きっと自分が死ぬ以上に恐ろしかったと思う。

年末に、癌が全身にまわり、肺に転移。

従兄弟は最初の意識不明に陥った。

医師は、「癌を抑える薬がある。しかし、一時的に抑える効果しかない。

苦しみがのびるだけ。私の子供が患者だったらこのまま死なせる」ときっぱり。

両親は、「せめて27歳の誕生日を迎えさせたい」と延命を望んだ。

横で、彼女はだまって、ふるえていた。

薬は効いて従兄弟は劇的に回復した。

彼女と温泉にいったり、近場に旅行いったり、新薬は2人に時間をくれた。

「癌が治った」とはしゃいでいたけど、一時的だというのは本人が何よりも知っていたと思う。

最後のときをすごす2人に、両親も親戚もなにもいわず見守った。

春、従兄弟が3度目の意識不明に陥った。

あまりの痛みに子供のように泣き叫ぶ従兄弟を、彼女と従兄弟の母親が押さえつけ、抱きしめた。

「ここにいるよ。ひとりじゃないよ」

彼女は、死の激痛にあえぐ従兄弟の顔にキスして、手足をさすった。

医師が死亡宣告し、遺体が自宅に搬送されるまで、彼女は従兄弟を抱いた。

何かにとりつかれたように嗚咽する彼女をみて「人を愛する」ってこういうことかと思った。

彼女は、親戚の手前、通夜、葬式にも出られなかった。

毎年、従兄弟の墓参りには来ていた。

従兄弟が死んで数ヶ月あと、勤めていた会社をやめたことを聞いた。

数年たって、墓参りにもこなくなった。

最近、彼女が結婚し、1児の母になったことを聞いた。

寂しく思った反面、ほっとした。

幸せになってほしいと思う。


彼女さん、幸せになれたようで本当に良かったです。

従兄弟の方もきっと、天国で喜んでいるんじゃないかな、と思います。
posted by アフロディーテ at 05:41 | 切ないストーリー
2015年12月16日

とても悲しい恋愛の実話 彼女の死と手紙

とても悲しい恋愛の実話 彼女の死と手紙

たとえば、自分にとって一番大事な人を失ってしまった人は、その後立ち直れるのでしょうか?

今回はそんな悲しいお話です。


昨日、恋人が死んじゃったんです。病気で。

そしたらなんか通夜が終わって病院に置いて来た荷物とか改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛に手紙が入ってたんです。



で、よく見たらなんか「わたしの人生は普通の人よりも短かった、だけど〇〇君と一緒に過ごせたことで普通の人よりもずっと幸せな日々を送れた」、とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。



お前な、そんなこといまさら言ってんじゃねーよ、ボケが。死んだ後だよ、もうお前いねぇんだよ。

なんか最後の方はろくに起き上がれもしなかったくせに。弱々しい字で必死で書いてたのか。おめでてーな。

よーし〇〇君のことずっと見守ってるぞー、とか書いてるの。もう見てらんない。



お前な、俺だってまだ言いたいこと沢山あったんだから生き返ってこいと。

愛の言葉ってのはな、もっと生きてるうちに伝えるべきなんだよ。



初めて出会った頃みたいにドギマギして恥ずかしさの余りいつ心臓が破裂してもおかしくない、言おうか言わざるべきか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。今になってこんな事言い出すやつは、すっこんでろ。



で、やっと涙堪えながら読み終わったと思ったら、最後の方に、「わたしの事は忘れて他の人と幸せになって欲しい」、とか書いてあるんです。 そこでまたぶち切れですよ。



あのな、俺はお前がホントに死んだなんて信じらんねーんだよ。ボケが。 得意げな顔して何が、見守ってる、だ。

お前は本当にこの世にいないのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。



お前、これは全部タチの悪い夢でホントはどっかで生きてるんちゃうんかと。

独り残された俺から言わせてもらえば今、お前に対してできる供養はやっぱり、 お前の事を忘れないこと、これだね。

たとえジジイになってボケたとしても。これが俺の生き方。



お前との思い出ってのは俺には辛すぎる。そん代わり忘れない。これ。 で、それにお前の事をずっと想い続ける。これ最強。

しかしこれを貫くと次から恋人が2度と出来ないかもしれないという危険も伴う、諸刃の剣。 軟弱者にはお薦め出来ない。

まあお前みたいな寂しがりやは、俺がいつかそっちに行くまで待ってなさいってこった。


この彼氏さんは、その後どうしているのでしょうか?

とても気になりますね。

こんなことが現実に起こったら、悲しみと忘れられない思い出に押しつぶされて、本当に恋ができなくなりそうです。
posted by アフロディーテ at 21:44 | 切ないストーリー
2014年12月01日

イジメられっ子だった男子の好きな女子

イジメられっ子だった男子の好きな女子

好きで好きでどうしようもないくらい好きな人が、突然自分の前から姿を消したら・・・・

人は立ち直れるのでしょうか。

でも、そんな状況でも笑おうと頑張った男子のお話です。


高2の夏、僕は恋をした。

好きで好きでたまらなかった。

その相手を好きになったきっかけは、僕がクラスでいじめにあって落ち込んで、生きる意味すらわからなくなって一人教室で泣いていた時に彼女がそっと僕に近寄って来て、

「○○に涙なんて似合わないぞ。ほら、笑いなよ!私、笑ってるあんたの顔好きだよ。」

といってくれた。

それからは僕は、いじめられてもずっと笑ってた。

泣くこともやめた。そうすると次第にいじめもなくなって気がつけば友達もたくさんできていた。あのときの僕を救ってくれたのは間違いなく彼女の一言だった。

それ以来ずっとずっと彼女を想い続けて気がつけば高校の卒業が近づいていた。その間何度も何度も告白しようとした。でも好きだから、好きすぎたから失うのが恐くて実行はできなかった。しかし、卒業が間近になってようやく覚悟を決めた僕は卒業式の日に彼女に告白することを決心した。

そんな卒業式の三日前の朝、いつものように彼女におはようを言おうと思って教室を見回したが彼女の姿はない。

入試も近いし、今日は休みなのかと気を落としていた。

そのとき担任の先生が暗い顔をしながら教室に入ってきていきなり僕たちにこう告げた。

「××さん(彼女の名前)が昨日、学校の帰りに車にはねられ意識不明になり、今朝病院で亡くなりました・・」

と。

何を言ってるのかわからなかった。状況が理解できない僕はみんなが泣いてる中で泣くことすらできなかった。

そしてお通夜の日、棺おけの中にいる清められた彼女の姿を見た時になってようやく涙がこみ上げてきた。

祭壇目をやると彼女の写真が目に映った。

彼女は笑ってた。そのときふと彼女が僕に言ってくれたあの言葉を思いだした。僕は笑った。他の参列者の目には人の死を前にして笑顔を浮かべる僕はどう、うつっただろうか?

それでも僕は彼女の写真を見ながら笑った。

彼女の死から2年がすぎ、クラスで同窓会をした。

その時にクラスの女子から高校のとき、彼女が僕を好きだったという事を教えられた。

僕はその瞬間初めて泣いた・・。声をあげて泣いた・・。

それからまた僕は笑った・・。


笑っている顔が好き、と言われたから必死に涙をこらえたのに、こらえきれなかったんですね・・・・(>_<。)
posted by アフロディーテ at 12:00 | 切ないストーリー